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火縄銃の登場による陣形の変遷

野戦隊形における集中射撃法が実用化されたのはヨーロッパにおいてであり、最も初期のものはテルシオと呼ばれる、長槍(パイク)の密集方陣の進撃に際して四周に随伴した銃兵が相手方の方陣と至近距離まで接近し、接触寸前になった時点で発砲して第一次打撃を期待するものである。この方式は銃剣の発明以前であり、発砲を終えた銃兵は有効な戦力ではないから、退避行動を取ったとされている。実際の戦闘はパイク兵が主体であった。射撃手前後交替の発想が見られるものとしては騎兵のカラコール戦術が対テルシオ戦法として用いられた事が挙げられる。これは概ね1530年代頃からである。
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装填に時間と防御上の弱点が生じることを解決する手段として、縦列で行進する銃兵の最前者が発砲し、発砲後直ちに最後尾に駆け戻って装填作業をしながら行進を続行するという方式が考え出されたが、それを行うには非常に訓練を必要とした。オランダ・ナッサウ伯マウリッツがおよそこの創始者であろうと推察され、概ね1584年頃の事とされている。今日マウリッツは軍制改革の父と呼ばれているが、その功績は射撃法ではなく、それを達成する為の猛烈且つ間断なき訓練が、寄せ集め傭兵の集合体であった当時の軍隊を一種の帰属意識に基づく団結心を持った集団に変え得る予期外の効果を持つという事を発見したという点が評価されている。またマウリッツは個別の兵種がそれぞれ独自に機能を発揮するのではなく、歩騎砲の三兵が連動して機動戦術を採る事を発案し且つ可能にした軍事家としても評価されている。ただこの縦列交替法が大きな効果を発揮したらしい記録はなく、またこの運動方式には鈍重さが宿命的に付きまとったため、マウリッツ自身の戦死の原因をそこに求める考え方もある。この時代を火縄銃時代とするかどうかには疑問があるが、燧石式移行時代の終わり頃とも考えられる。

実際に前後交替射撃法が実用化するのは燧石式に移行してからであり、燧石式の機能改善もそれに相当の貢献をしたと考えられる。また銃剣の登場もこれに大きく寄与していると考えられるが、同時にこの時代は大砲の運用が飛躍的に改良されており、銃兵の交替射撃のみが戦線の状況を変革させたと論じるのは未だ大きな検討を要するであろう。これらは概ね17世紀末から18世紀初頭の現象である。

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2009年06月02日 09:44に投稿されたエントリーのページです。

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